私は偽善者だと自己理解した質問 「赤信号、あなたは渡りますか?」

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目次

 

私は赤信号を渡らない

 

 

「質問です。あなたは歩行者で赤信号待ちをしています。自動車や監視カメラ、他の歩行者もいません。そこであなたは赤信号を渡りますか?」

 

私の回答は「渡らない」だ。

何故なら法律で赤信号は渡ってはいけないと定められている。

加えてルール違反はクセになる。その時は何も罰せられることはない。しかしルールを破っても罰せられないという成功体験が次のルール違反を生み出し、いつか墓穴を掘るからだ。

 

とまぁよくこんな戯言が自分の口から出てくる。

実際私は質問のような状況で赤信号を渡った経験がある。

 

これはある企業が新卒採用面接でする質問だそうだ。
この時渡らないと答える人間は偽善者か超堅物のどちらかで信用ならない人間ということで不採用にするらしい。
もちろんここで渡ると答える人間は信用ならないという評価の企業もあるだろう。

 

ただ私はこの質問で自分が偽善者だと気がついた。

 

 自分が偽善者だと気づき楽になった

 

 

私は自分のことを真面目な人間だと考え、偽善者では無いとも考えていた。しかし私は無意識に汚いことをしている。人前では常に正しく、真面目でいなければならない。そう思い込んでいた。ただ実際自分はそんな人間では無い。

 

このことを理解し気が楽になった。もちろんルールや約束は守らなければならない。ただ真面目を演じる必要は無いのだ。時折ルールを破り怠惰である。そんなありのままの自分を認めてあげよう。そんな気持ちになることが出来た。

 

 ルールはギリギリでも破らなければ良い

 

 

22時の門限。私はいつも21時に帰らなければと考えていた。だが21時に帰ろうが21時55分に帰ろうが評価は「門限は破っていない」なのだ。ルールを気にし過ぎて遊びも勉強も集中することが出来ないことが多々あった。

 

時と場合によっては締め切りギリギリは良くないこともあるだろう。
ただ人生経験豊かな人はどこまでなら許されるのラインを熟知している人が多い。自身ももっと自由に、身軽になるためにこの判断能力を鍛えていかねば…

 

幼少期厳しい環境で過ごした人、そして今厳しい環境下にある人へ

 

 

私は小、中学校を厳しい環境下で過ごした。毎日理不尽なことで怒られ、連帯責任で周囲の人を巻き込んだり、巻き込まれたりと散々な毎日だった。

 

そして怒られないためにはルールを守る真面目ちゃんを演じなければならない。

 

それが逃げ道だった。

 

それは自分を偽善者に変え、無意識に完璧主義になっていった。そして完璧では無い自分に目が行き、完璧でなければ周りから非難される。そんな考えが染み付いている。

 

幼少期怒られたトラウマで同じような考え方が染み付いている人、今辛い環境下にいる人。おそらくあなたは真面目な方でしょう。出来ない自分を情けなく感じていると思います。

 

でも完璧な人間なんていません。

 

Amazonの社長ジェフ・ベゾスは怒りの感情をコントロールできないそうです。世界で一番お金持ちの人でもそういった欠点があります。ただベゾスはその欠点を理解しているからこそ成功したのです。

 

自身の欠点を責めるのではなく認める。それだけで私は気が楽になりました。完璧では無い自分を理解し認める。それが現状打破に繋がると思います。

 

拙い文章ですが誰かの力になることを願います。